代表 葛河梨池より


代表 葛河梨池より


葛河思潮社発足以降執拗なまでに三好十郎に取り憑かれていた長塚氏がイギリスのノーベル賞作家ハロルド・ピンターをやるという。てっきり『廃墟』か『胎内』あるいは『斬られの仙太』をやるなんて途方もないこと言い出すのではないかと思いこんでいたので(いつの間にやら私もすっかり三好作品に馴染んでしまった)、ピンターと聞いた時は思わず湯呑みを落としそうになった。
『背信』は男女三人のヒリヒリするような不倫劇である。つまりこれまで葛河で扱ってきた題材とは全く異なる。だが思い返してみれば、彼が元々葛河思潮社でやろうとしていたものは寧ろこちらの方ではなかったのか。目の前の現実への抑え難い猜疑心。『背信』は逆行する時間の中で曖昧で過渡的な行方知れずの記憶が彷徨する。困難な現在を生き抜くために我々は無意識に己れを欺く。遡ってゆくほど、霞みがかってゆくほどに彼らの存在は鮮明になってゆく。

幻のような装置が人物を浮き立たせることをピンターは見事に心得ている。無数の仮面を持つポルトガルの幻想詩人フェルナンド・ペソアに魅せられたアントニオ・タブッキに夢中になって、興奮冷めやらず熱烈な電話を掛けてくるような長塚氏には(私もまたタブッキとペソアを題材にしたいと考えていた!)、格好の題材となっているのかもしれない。
それにしても演じる俳優にとっては奇妙な体験となるだろう。いやもしかするとそれを目の当たりにすることこそが、この劇の最大の見所なのかもしれない。葛河思潮社の新たな境地を代表という立場ながら大いに期待したい。

 

葛河梨池